何がわからないのかもわからない

 

横須賀美術館へ向かうバスで友人と渡辺あや脚本の「ワンダーウォール」の話をした。京都の大学の古い寮を壊すか壊さないかの話で、現実と同時進行であるから、変にプロットをいじれない。何も解決しない。何も解決しないとしても、1時間のドラマではなく、映画の尺の2時間あればもっと何かが描けたのではないかという話。

 

渡辺あやは最近は脚本が結構ボツになっているとが友人が言っていた。渡辺あやほどのビッグネームがボツということは考えていなかった。「ワンダーウォール」は「その街のこども」みたいなヤラれたという感じはなかった。問題のただなかにいるという設定のものだから、なにか新しいやり方ではなくて、1時間でやらず2時間か2時間半くらいかけるだけで新しいことをしないでも寮がなくなっていく、じきに壊されるというのが実感がわく作品になったのではないか。

 

なんにも解決しないなかで、朝になり、早朝、みんなでお茶をたてて、お茶ごっこをしながら、どうしてこんなオンボロ寮に自分がこだわっているのかすらわからない、といって終わるのはよかった。古い寮のなかは寒くてみんなは冬は室内でもコートを着ていた。