おいしくなかったら、おいしい、だけでいいんじゃないかな

●仕事で広島に行ってひさしぶりにビジネスホテルのシングルに泊まった。子供の頃はホテルに住むのが夢だった。いまは叶わないことがわかっているのでもう夢とはいえない。朝、近くのセブンにコーヒーを買いに行くと、ホテルの前の通りが小学生たちの通学路で、途切れることなく制服の小学生たちが歩いていた。警察官が通りを見張っていて、楽しそうに小学生たちに挨拶していた。

 

●春のように暖かくダウンコートが暑かった。宮島の鹿たちは、奈良の鹿よりおとなしい。鹿せんべいなどが売っていないためである。どの鹿も眠そうだった。目に入った鹿をすべて撫でながら歩いた。鼻を服につけられてべっとりと汚れた。

 

●「人類滅亡の唄」深沢七郎

《菊水西町で泊まっていたときだった。前の宿の二階で、
「根室は涼しいぞ、寒いくらいだ」
 と言う話し声が聞こえてきた。私は窓から首をだして、
「根室はそんなに涼しいですか?」
 と大声で騒いだ。
「ああ、涼しい。けさ根室から帰って来たばかりだ」
 と言う。(そうだッ)と私は立ち上がった。そうして私はすぐ根室へ行くことにきめた。
 釧路までは行ったことがあるので汽車で行って、そこから、私は下駄バキで歩いた。根釧原野と呼ばれる不毛の湿地帯だが、広い草原で道もなく誰もいない。逢うのは野花の群ばかりである。八月の中旬というのに開拓地の畑は菜の花がいまさかりである。誰もいない草原に深い霧は魔法のように忽然と目の前に羊の群を現すのである。黄色い除虫菊の群生も、桃色のげんのしょうこの花々も、名もしらない野生の群れは黙っているが、あざやかに咲いている。血のしたたるような真紅の花の房は、ナナカマドの実なのだ。吐息で染まったようなサビタの花は林のように続いているのである。》

 

●「坂口恭平躁鬱病日記」坂口恭平

《二週間ほど前にアオと話をしていて、おいしいものを食べたら「すごいおいしい!」って言ったらもっと喜ぶよと僕が言うと、アオが「おしくなかったら?」と聞くので、僕は「おいしくなかったら、おいしい、だけでいいんじゃないかな。おいしくないと言うと作ってくれた人も悲しむから。でもそれじゃアオも落ち着かないだろうから、俺にだけは小さい声で、あんまりおいしくなかったといえばいいんじゃないかな」なんて話をしていた。》

 

●「意味をあたえる」ブログ

《感想というのはとにかく自分の言ってもらいたいことを待つだけでそれ以外の言葉は聞き流してしまうものである。》