シャイさ+謎の積極性がアメリカのティーンな感じ?「アメリカン・スリープオーバー」デヴィッド・ロバート・ミッチェル

渋谷のアップリンクでデヴィッド・ロバート・ミッチェルの特集が組まれていた、最終日に滑り込んだ。一度予約したが風邪をひいてチケットを無駄にしたが私は会員で1000円だから、あきらめずに最終日にすべりこんだ。そういうところでは映画が通常1800円というのは再チャレンジができない社会になってきていると思う。

 

新作の「アンダー・ザ・シルバーレイク」より「アメリカン・スリープオーバー」を見た方がいいと友達に勧められて見たがすごいよかった。スリープオーバー=お泊まり会。アメリカの中高生くらいまでがやるイベントらしい。たいしてイケているイベントでもなく、みんな「やる?」みたいな感じで、まあやっとくか、みたいに行われる。ようするに惰性のイベント。でもその気負いのなさ、だらだらとした感じが映画の曇り空、夜の道を歩いているのと合っていた。翌朝が晴れて、そこで田舎道で小さなパレードが行われる。登場人物の女の子のひとり(ふたり)がパレードの集団のダンスを踊っているシーンがだるそうにやるのかと思ったら楽しそうに踊っていた。イベント自体はだるいけど、みんなそれなりに楽しんでいる、というのが伝わってくるから最後まで心地よく見られる。最初から最後まですべての登場人物が楽しそうだ。

 

この女の子が鼻ピアスをしているのだけど、ふるまいや話しかたが穏やかで、内面が普通であることが特別なよさに感じられる。ちょっとダサめの女友達(この子は見た目はダサいが内面はエッジが効いてるから今思えば対象的なキャラ配置だ)と二人組で行動している。

 

きわめてアメリカンな人たちのアメリカンな映画で、露悪的な撮り方はされていないので、ここがうらやましいと思う部分が多かった。隣人愛がベースにあるためか、表面的につかう言葉が優しい。友達と分かれるときも、いいことがあるといいね、みたいな言葉を掛け合う。あと話しかけられたくない奴に話しかけられたときも、露骨にいやな態度はとらないで、ちゃんとポジティブなことばを使って話す。露悪的なアメリカ映画は基本的にファックとかシットしか言っていないけど、どっちが普通なんだろう。

 

イベントでいろいろな人が群像的にでてきて、初対面の二人が話すシーンが多い。何を話そうか考える沈黙があり、それぞれが一言ずつぽつぽつ話す。仲良くなってきても、過剰には話さない。片方が一言喋って、もう片方がそれに答えてくれるまで言葉を継がないで待っている。会話の内容も素直に思ったことを言っていた。そこがクールな感じ。日本人がそういうことをすると、気障な感じになるのではないか。

 

全体として登場人物はシャイだけど、みんな謎の積極性があった。思春期の少年が男友達たち10人くらいと泊まる。その家には友達のお姉さんがいる。お姉さんを見つめてると笑って見つめ返され、もしや、と思ったら胸元に中指が立てられた。そこから風呂に入りにいったお姉さんと話したいと思って、風呂に向かう少年。湯船につかる彼女に入室を許され(なぜ許されるのか)、彼女の裸を見ながら会話をする展開が、自然に展開されるところにすごみを感じた。