犬が生きるために人間を犠牲にして当たり前と考えるのがおかしい

《そもそも犬が生きるために人間を犠牲にして当たり前と考えるのがおかしい、ちゅんでしょ。え? 逆? あ、そっか。人間が生きるために犬が犠牲になる、か。どっちでも同じことですけどね。》

「ホサナ」町田康 p584

 

・オードリーのラジオのゲストで来た高橋真麻。新人アナがバラエティーに出るときにアドバイスを求めらたときは、面白いことをしようとしないほうがいい、と言うらしい。アナウンサーとしての仕事を一生懸命やって、そこに隙が生まれて、そこを芸人が面白くいじってはじめて面白くなる。アナウンサーは自分から笑いをとろうとするのはだめなんだ。芸人さんに「葬られている」ときに私(高橋真麻)は面白くなる。

・ただの素材の意識、それがプロ意識。

・春日、結婚して変わったのが、外食が減ったこと。外で食べるより、家で食べたくなった。帰ってきて、奥さんとテレビを見ながら、飯を食う。

・春日はこういう普通のことを素朴に喋れるのがいい。

 

ああ、おれはもうこの光についていこう

《ああ、もうだめだ。なにがだめなんだ。ああ、このこと、ここにいることでこの砂の匂いや音がもうすべてが襲いかかってくる。そのなかに光が見える。ああ、おれはもうこの光についていこう。その先になにがあろうと。その先がどんなにおそろしくても、このだめな感じのなかにひとりでうずくまっているよりましだ。おまえはたれだ。おれはなにものでもない、ただ闇雲にあるものだ。闇雲のなかの闇雲だ。うああ、光を見失うな。光についていけ。ああ、よろこびがうまれた。ああ、光が感じられることのよろこびが、ああ、おれがあった。なにを言っているんだ。うるさいっ。光が見えなくなる。おれはもう金輪際、光しか見ないぞ。光しか聞かないぞ。光についてなにも言わないぞ。おいっ、黙るな。おいっ、黙るな。なにもわからないじゃないか。なにもわからんよ。そうだね。

 と語らった。》

「ホサナ」町田康 p272

 

・吠えるで思い出した「ホサナ」。主人公が犬の言葉がわかるようになってそれを直訳で書いているシーン。

・デヴィッド・ロバート・ミッチェル「アンダー・ザ・シルバーレイク」で主人公がトイレで女の子たちに囲まれてワンワン吠えられているホラーシーンがある。吠える瞬間はかわいい顔がちゃんと犬の顔になっている。

【公式】アンダー・ザ・シルバーレイク 10・13公開/本予告

https://www.youtube.com/watch?v=k_HTIwGcKhg

人が動物になるということはすなわち人が神になるか

《キリスト教的世界では動物は人間より随分格下げされてしまってします。人が動物にされる物語は、それを主人公の受けた屈辱として可愛そうに語られる傾向があります。しかしこれは民族的には例外的な例と考えていいと思います。多くの地域、日本でもそうですが人が動物になるということはすなわち人が神になるか神の本性を現したという構図で語られるものなのです。》

「文化のなかの野性」中島智

 

・昔まとめサイトで、知的障害者のふりをして電車に乗ると楽しいという書き込みを見たことがある。叫んだり、寝転んだり、話しかけたり。周りが逃げていく。

・その楽しさとは障害者のふりをする悪徳の楽しさはわずかで、本質は、けもののようにふるまっているうちに感じる憑依の快楽ではないか。

・けものを降ろし、寝転んで、吠える。

肉体的修練の二大原則にしたがって

《あるプルースト研究家は次のような読み方を勧めています。/「マルセル・プルウストを十二分に味ふやうになるためには、実際のところ肉体的修練の二大原則を採用すれば足る。一つは漸次に進むこと、も一つは絶えず読み続けること」》p17
「本の虫の本」林哲夫

 

・躁鬱の知り合いが、今飲んでいる薬は感情が上がるのも下がるのも減らして波を穏やかにするものだといっていた。
・「波の起伏がなくなるのはキツい、感情がなくなってしまう」
・そのときはそんなものかと思ったが、起伏があるより、ないほうがキツいというのは、リアルには想像できない。大きな波を感情としてきた人にとっての小さな波。
・プルーストを挫折しそうになっているので集中して読まないとと思っていたけれど、その考えが挫折を生む。一度に集中を注ぎ込まない。
・「失われた時を求めて」の内容はとても面白く、一文一文面白い。なかなか進まない。このふたつは矛盾しない。
・肉体的修練の二大原則にしたがって読む。