コーネリアスのライブ、Bunkamura、有給は少しずつ減る

●まみこからコーネリアスのライブのチケットが余ってるからと誘いが前日に来た。渋谷のBunkamura。チケット代を調べたら7500円もした。行くことにした。チケット代も払うだろう。

 

●Apple Musicにコーネリアスがあったから久しぶりに聞いた。ガチャガチャした感じの曲がいい。

 

●最近会社をサボりすぎている。午後から行く日が多いので、1時間単位で取れる有給が少しずつ減っていく。

南国で貧しく生きていく

●ヤスミン・アフマド「ムクシン」。渋谷のイメージフォーラムで。映画的にここが絶妙というものはないが、マレーシアの田舎で少年と少女がデートをしているのがそのままの素朴さで映されているだけで、素晴らしかった。というか登場人物の素朴さ、自然さというのは、手法を駆使して映画をつくるより、難しい気もする。武田百合子の「富士日記」みたいな意味で。マレーシアはのんびりとした国でいい。芝生に子どもたちが集まってガバディーみたいな遊びや、結婚式ごっこをしていて、デートも凧揚げとか、木登りとか、散歩とか、遊びとの境界が曖昧で、12歳の少年と10歳の女の子の初恋が素朴に描かれているのが自然に感じるのは、そこがマレーシアだからか。

マレーシアとか、フィリピンの映像を見るたびに、こういうところに生まれて生きていたらよかったと思う。南国で貧しく生きていく。主人公の女の子の父親は、1000円のチープカシオの時計をしていた。

後払いで買ったソファーの支払いを3ヶ月していなくて、業者の青年たちが回収にくる。主人公の女の子がそこに寝ている。楽しそうに、ソファーを持っていくなら、私ごと持っていっていい、と青年たちを挑発する。

 

●イメージフォーラムに行こうとして、アップリンクにの方に歩いて行ってしまうというミス。これで二度目。この二つの映画館は駅をくぐって反対側だから、この日差しのなか、引き返すのは辛かった。厳密にいえばこのあいだは逆だった。前回はアップリンクに行こうとして、イメージフォーラムの方に行ってしまった。去年の夏だった、そのときは時間もギリギリで、全力疾走で走ったから、劇場について、ポカリを一本飲み干してから汗だくで「アンダーザシルバーレイク」を観た。汗で全部出てくれて、映画中にトイレに行かずに済んだのを覚えている。

 

●10分も歩けば、Tシャツが汗だくになる。家では、ユニクロの速乾性のTシャツを着ているが、快適だが、やめたい。映画では汗だくの薄汚れた服をみんな平気でずっと着ている。そうありたい。

熱波、ゲルマント、鳥

●ミゲル・ゴメス「熱波」がすごくよかった。ブラジル、リスボン。前半、隣人の老女がカジノにいってぜんぶ擦ってしまい、電話が掛かってきて、主人公が迎えに行くシーンがある。老女はカジノにはもう行かないと言っていたのに、また行ってしまったいいわけをするのだが、そのいいわけが相手を説得するように語られる感じではなかった。カジノに行く夢をみて、夢の続きとしてカジノに行ったのだと言うが、その夢を語る老女の顔をずっとアップで撮っている。その語りがカッコいい。そのときに向かい合って座って話し合っているはずなのだが、空港とかにある動く歩道の上で話しているみたいに室内の背景がゆっくりと右から左へ流れていく。そのシーン自体も語られる夢の続きのようだった。第二部の植民地アフリカ編が、すべて回想シーンで台詞なし、モノローグのみの構成がすばらしい。いま読んでいるプルーストが、過去に起こったことを現在形で書くと神話化する、ということ書いていたが、その感があった。

 

●デスクを買ったが、買う前に使っていた無印良品で10年前に買ったローテーブルも捨てずに使っている。椅子に座って書くよりも、床に座って書く方が敷居が低い感じがしていい。長時間はだるいが30分くらい書くのにちょうどいい。

 

●高校野球で國學院久我山のファーストがサングラスをつけて守っている。つけたほうが断然、ボールが見えやすそうだ。目が悪くて特別に許されているかもしれない。サッカーオランダ代表のダーヴィッツみたいに。

 

●プルースト「失われた時を求めて」


<一度など、私が見たのは鳥のくちばしをした女でさえなく、むしろ一羽の鳥そのもののようなひとだった。そのときのゲルマント夫人は、ドレスも小さな縁なし帽もみな毛皮で、そのために布がいっさい表にあらわれていなかったから、まるで自然にふさふさと毛が生えているように見えた。ちょうど禿鷹のなかには密生した一様の羽毛、黄褐色やわらかい羽毛のものがいて、地上のある種の動物の毛並みを思わせるが、その禿鷹のようなものだ。こうした自然に羽毛に包まれた彼女の小さな顔は、湾曲した鳥のくちばしをつき出しており、またその飛び出した目は刺すように鋭くて青かった。>

 

●ファナ・モリーナ「Son」のジャケットの絵はヘンリー・ダーカーかと思って調べたけどよくわかなかった。多分違うと思う。

 

●通っている美容院の美容師が、いま買いたいと思っているものが二つあると言っていた。AmazonのFire TV Stickか、炭の火起こし器であり、どちらか一方しか買ってはいけないらしい。その美容師に子供が生まれたらしく、カットが若干値上がりした。値上げはいいが、喋るときに手が止まるのをどうにかしてほしい。

コミュニティ能力

●若槻千夏が「コミュニティ能力」と何度も言っていて違和感があったがそういう言葉があるんだと思って見ていたら、古館があとから「コミュニケーション能力のことですか?」と聞いて、やっぱり若槻千夏の言い間違えだった。

梅雨明け、ネットと本の関係、うんざりしていない

●朝の10時ごろ、五反田で喫茶店に入った瞬間に天気雨が降った。結構降っていたが店の中の人たちはみんな気がついていないみたいだった。今年の梅雨明けは遅いが、去年は早すぎたので今年の方がいい。台風6号がここまではこないで熱帯低気圧に変わった。

 

●ベケット「モロイ」が復刊したので買った。待ってれば復刊すると思っていた。ベケットは思ったより支離滅裂ではない。意味がとれないところは多いが、結構笑えるし、ノってくると、苦痛なく、純粋に楽しみながら読める。

 

●「モロイ」ベケット 

<ルースの家は遠くなかった。おお、近いというわけではない。着いたときにはうんざりしていた。つまりはほんとうにうんざりしていたというわけではない。うんざりしたと思っても、ほんとにうんざりしているのはまれなことだ。到着したとわかったから、うんざりしたんだ。もう一マイルよけいに進んだとすれば、一時間たってからうんざりしたに違いない。>

 

●「サガン 悲しみよ こんにちは」のサガン役のシルヴィー・テステューが好きでDVDを繰り返し観ている。サガンを読んで思い浮かべるサガンのイメージそのもの。

 

●iPhoneのデフォルトの機能でアプリにロックがかけられるのをこの頃知った。ネットをしなくなって(できなくなって)本を読む時間が増えた。ネットをしていると本を読まない。ネットをしなければ本を読む。単純にできている。

嵌められているのか?

新人が強烈なアニメ声の新人で自己紹介のときに部内がざわついた。こんな声の女と今年度はやるのかと思った。それから4日目にしてその声が癖になってきている。耳が聞きたがっている。もともとその声であるはずがないとは思うが地声が想像できない。今日は書類の入ったロッカーの前にしゃがんでいてパンツががっつり見えていた。私はこの女に嵌められているのか?

思想ではなく手段としてのBライフ

岡田利規の演劇で、精神が穏やかでなかった頃に、これさえあればいいと思っていた一冊として話されていたソローの「森の生活」。森で自給自足するソローが畑をたがやすことに喜びを感じている、その謳歌ぶりはいま思えば無理に謳歌している文章が気になる、というくだりがあった。終盤になって、しかしあのころ精神を支えてくれた本に対してシニカルになるのはやめよう、という方向へ話が進んでいくのが好きだった。文芸誌に発表された脚本しか読んでいない。ソローも読んでいない。

 

ミニマリストとかシンプルライフとか生活に対する哲学が先立ってあるのが、いまいち合わない感じがしてそれよりもダルさがベースにあるphaとかにシンパシーを持っていた。ずっと読んでみたいと思っていた高村友也の本がKindleにあったので買った。Bライフ。思想というより手段。読み始めてすぐこれだと思った。

 

<Bライフとは、安い土地でも買って適当に小屋でも建てて住んじゃおうという、言ってしまえばそれだけのライフスタイルだ。>

 

<100万円足らずの初期費用によって、月2万円程度で維持できるお気楽生活への道がちゃんと開かれていることを示したい。>

 

<Bライフは、筋金入りのサバイバルでもなければ、自給自足やDIYにこだわるものでもないし、スローライフやエコロジーライフ、ナチュラルライフなどというものとも違う。「金がなくとも心は……」といった根拠のない貧乏賛歌でもないし、「働かない」とか「もうリタイヤ」と決め込むわけでもない、働きたくなったら働けばいいし、「そこ」に帰ってくれば最低限の生活が保証されている、でも最低限だから維持費なんて全然かからない、そんな自分だけの安全地帯を、低予算で、しかし完全に独力で構築する。金もない、技術もない、知識もない、協力者もいない、そんな人でも、素人業の積み重ねでなんとなくそれらしいものを作って、なんだかんだで生活していく。>

 

『自作の小屋で暮らそう ――Bライフの楽しみ』高村友也

社員旅行へ行かないという熱意

前の会社の社員旅行はグループ制だった。5人以上のグループになれば金が支給される。1年目は言われるがままに函館に行って競馬を見た。2年目からは事情もわかって旅行を偽装する集団に入ってそれぞれでそれっぽい写真を近所でとり支給された金を山分けしたが会社も会社で対策を考えて集合写真のみOKとした。その年、我々は平日の昼に集まって公衆トイレで着替え草の茂みを探して写真を撮った。そんなバカなことをやっているのが10人くらいだった、みんな旅行には絶対行かないという熱意があった。

北斎の波、若冲の鶏、保坂和志ソロトーク2019/02/23に行った

保坂和志のトークメモ


葛飾北斎のかいた波の先が尖っている→ハイスピードカメラで捉えた映像がで見ると本当にそうだった。
若冲の鶏の群れの絵が手前より遠くの鶏のが大きく描いている→望遠カメラでみふると実際にそうなるのが確認された。

こういうことは証明されたからすごいということじゃない。

 

北斎や若冲は実際に波が尖ってみえたり、鶏が奥の方が大きく見えたからそうかいたわけではなく、デザインとして面白いからそう描いた。自然科学的にたんにある/ないで描いてない。そとに根拠を置いて描いたのではない。

 

人間(生命)のかたちの前にデザインがある。